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東京高等裁判所 昭和33年(ネ)900号 判決

控訴人 被告 栃木県地方労働委員会 代表者会長 高橋徳

訴訟代理人 猪狩満 外三名

補助参加人 栃木化成栃木工場労働組合 代表者 仲田清助

被控訴人 原告 栃木化成株式会社 代表者取締役 堀末治

訴訟代理人 菊池三四郎

主文

原判決を左のとおり変更する。

控訴人が栃地労委昭和三十一年(ネ)第三号不当労働行為救済申立事件につき昭和三十二年二月十四日なした原判決末尾添付の命令書中、主文第四項の命令を取り消す。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを十分し、その一を控訴人の負担とし、その九を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および立証は、

控訴代理人において、「(一)裁判所が労働委員会のなした救済命令の取消をなし得るのは、右命令が違法である場合に限られ、しかも右命令が違法であるかどうかは、当該命令がなされた時を標準として判断すべきであつて、裁判所の口頭弁論終結の時を標準とすべきものではない。しかして控訴委員会は、昭和三十一年十一月六日、被控訴会社の栃木工場の本工により組織されている補助参加組合から、被控訴会社が不当労働行為をなしたという理由でその救済の申立を受け、調査および審問の結果、申立の如き不当労働行為の事実があることを認めたので、昭和三十二年二月十四日、本件救済命令を発したものであり、当時においては、右命令を発すべき十分な理由が存在していたから、たとえ、その後、事情に変動があつたとしても、これを理由として右命令を取り消すことは許されない。(二)本件救済命令書主文第一項の関係について。被控訴会社が従来、その従業員に対する賃金支払の遅速につき、組合員と非組合員とを差別していた取扱を昭和三十一年十一月末日に解消した事実は認めるが、当時はすでに補助参加組合が控訴委員会に対し本件救済命令の申立をなし、控訴委員会が審査を開始した後であり、被控訴会社としては、かかる情勢のため余儀なく右差別的取扱を解消したのであつて、自発的にしたものではなく、もし控訴委員会において本件救済の措置をしなかつたとすれば、被控訴会社は、将来も従前と同様の差別的取扱をすることは明白であり、当時においては、右救済命令を発すべき必要と利益があつたものである。(三)右命令書主文第二項および第三項の関係について。被控訴会社は、現在に至るまで補助参加組合との間に、団体交渉の究極目的である労働協約を締結していないのであり、この事実から見ても、被控訴会社が誠意をもつて団体交渉に応ずる意思のなかつたことを窺うに十分である。しかして、昭和三十二年三月二十七日、原裁判所は、控訴委員会の申立により、本件訴訟の判決確定に至るまで、本件救済命令中、団体交渉に関する部分(命令書主文第二項および第三項)に従うべき旨の緊急命令を発し、その結果、被控訴会社は同年四月四日補助参加組合との間に一応の交渉をしたがこれは被控訴会社として、単に右緊急命令に対する違背の制裁を回避するため、形ばかりの交渉をしたものにすぎないのであつてその後は一回の交渉もなさず、労働協約の締結は、今なお未解決の状態にある。また賃金問題についても、わずかに賃金の遅払が解消したというだけでこれに関する団体交渉の必要が消滅したわけではない。要するに、控訴委員会が団体交渉の拒否に対し救済命令を発したのは、もとより適法である。(四)右命令書主文第四項の関係について。被控訴会社は、臨時工稲垣はその後、副班長の職を辞退し被控訴会社もすでに副班長の制度を廃止したから、右副班長の任免に関する救済命令は失当である旨主張するが、たとえ右の如き事実があるとしても、一旦、被控訴会社が臨時工稲垣を副班長に任命し、これにより組合活動を低調ならしめようとした既往の不当労働行為の事実は消滅するに由なく、かつ控訴委員会としては、再びかかる行為がなされないよう警告するためにも、これに対し原状回復を命ずる必要と利益が存するから、右命令は適法である。」と述べ、

立証として、控訴代理人において、乙第十二号証、第十三号証を提出し、当審における証人松本武雄、同仲田清助、同酒井正衛(第二回)の各証言を援用し、被控訴代理人において、当審における証人酒井正衛の証言(第一回)を援用し、乙第十二号証、第十三号証の各成立を認め、

たほか、原判決の事実摘示(但し、原判決七枚目表七行目中「鈴木勘蔵、石井光雄」とあるのを削除する。なお同七行目、八行目の証人の氏名は、文字が鮮明でないが、右は「萩原武、小向昭二、桑原猪治、水越考一、福田喜久男、浅見敏重、仲田清助」である。)と同一であるから、これを引用する。

理由

補助参加組合が、昭和三十一年四月頃、被控訴会社栃木工場の工員(以下、臨時工と区別して本工という)をもつて結成された労働組合であること、控訴委員会が、補助参加組合の申立により、昭和三十二年二月十四日、原判決末尾添付の命令書(以下、本件命令書という)記載の救済命令を発したことは、当事者間に争がない。被控訴会社は、右救済命令が違法であると主張するので、以下その当否について判断する。

第一、本件命令書主文第一項の適否について、

(一)  当裁判所は、被控訴会社が昭和三十一年六月以降同年十月まで、補助参加組合の組合員たる本工と非組合員たる臨時工との間に、賃金の支払について遅速の差別をしたことは、労働組合法(以下、単に法という)第七条第一号の不当労働行為に当るものと判断する。その理由は、次に付加するほか、原判決記載の理由(原判決七枚目裏八行目以下十二枚目裏一行目まで)と同一であるから、これを引用する。当裁判所が、この点につき付加するところは、次のとおりである。

すなわち(イ)原審における証人桑原猪治の証言および弁論の全趣旨によれば、補助参加組合は、その結成以来、組合員の解雇および賃金の遅払に反対し、活溌に組合活動をして来た事実、(ロ)成立に争のない乙第二号証、第三号証および当審における証人仲田清助の証言によれば、被控訴会社は昭和三十一年十月の給料日に、非組合員たる臨時工全員に対し、正規の残業手当のほか、一人につき三百円ないし五百円位の臨時手当を支給したが(この事実は、当裁判所の引用する原判決説示のとおりである)、当時被控訴会社は、右事実を補助参加組合に内密にしていた事実、(ハ)原審における証人酒井正衛の証言により真正に成立したと認める甲第二号証、成立に争のない甲第七号証、乙第五号証、乙第十号証および弁論の全趣旨によれば、補助参加組合は、昭和三十一年十一月六日、控訴委員会に対して本件救済命令の申立をなし、これについて控訴委員会が調査を開始した後に至り、被控訴会社は、はじめて右賃金支払の遅速の差別を解消した事実が、それぞれ認められるのであり、右各事実と、当裁判所の引用する原審判示の諸事実を考え合わせると、被控訴会社は、補助参加組合の組合員たる本工が正当な労働組合活動をしたことの故をもつて、これに対し不利益な取扱をしたものであると認定するに足りる。当審における証人酒井正衛の証言(第一、二回)中、以上の認定(当裁判所がこの点に関し引用する原審判示の認定を含む)に牴触する部分は採用し難い。

(二)、ところで、被控訴会社が昭和三十一年十一月末日限り、前記の如き差別的取扱を解消したことは、弁論の全趣旨に照らし当事者間に争がないから、これにより、一応、右不当労働行為は終了したものと認められるのであるが、しかし、これがため直ちに本件命令書主文第一項記載の救済命令を違法であると速断することはできないのであり、その適否については、さらに検討を要するものがある。おもうに救済命令は、原則としては、すでになされた不当労働行為を対象とし、これを排除するため原状回復を命ずるのを建前とするが、救済命令が許されるのは、単に右の場合に限ると解すべきいわれはない。すなわち、たとえ一旦不当労働行為が終了した場合であつても、再びそれが繰り返されるおそれが多分に存在し、予めこれを抑止するため救済命令を発する必要が存するときは、将来の不当労働行為を禁止するため、本件命令書記載の如き不作為命令を発することも、法律上許されると解するのが相当である。尤も、かかる不作為命令は、予めこれを命ずる必要のあるときに限り許されるのであつて、その必要が認められない場合は、右命令を違法とすべきことは、もちろんである。ところで、行政処分の取消を求める訴においては、その処分の適否の判断は、口頭弁論終結当時の事実を基礎とするのではなく、もつぱら処分当時の事実を基礎とすべき筋合であるから(最高裁昭和二八年一〇月三〇日言渡判決、行政事件裁判例集四巻一〇号二三一六頁参照)本件においても、前記の如き救済命令を発する必要が存するかどうかは、もつぱら命令当時の事実を基礎として判断するのが当然である。

よつて、右救済命令を発した当時これを発すべき必要があつたかどうかにつき按ずるに、(イ)被控訴会社は、前記説示のとおり、賃金支払の遅速につき昭和三十一年六月以降同年十月まで組合員に対し不利益な取扱をなし、かつ同年十月の給料日には非組合員たる臨時工に対してのみ内密に特別の臨時手当を支給したほか、後記第二および第三に説示するが如き不当労働行為をした事実があり、さらに(ロ)被控訴会社は前記(一)(ハ)記載のとおり、控訴委員会が本件救済命令の申立を受理し、これにつき調査を開始した後、はじめて前記差別的取扱を解消するに至つたものであり、以上の各事実と成立に争のない乙第二号証および当審における証人松本武雄の証言を綜合すれば、被控訴会社としては、すでに控訴委員会が本件救済手続のため審査を開始したので、余儀なく前記差別的取扱を解消したものであり、本件救済命令のなされた昭和三十二年二月十四日当時においては、もし右救済命令がなかつたとすれば、将来も再び右差別的取扱を繰り返す危険が多分に存在し、したがつて控訴委員会としては、当時右命令を発する必要がまさに存在していたものと認めるのが相当である。右認定の資に供した各資料と対照すれば、当審における証人酒井正衛の証言(第二回)中、右認定に牴解する部分は採用し難く、その他の証拠によつては、右認定を左右するに足りない。

それ故、控訴委員会が発した本件命令書主文第一項の救済命令は未だこれを違法ということを得ない。

第二、本件命令書主文第二項および第三項の適否について。

昭和三十一年七月中、補助参加組合が、職場再編成、賃金問題、労働協約の締結等を案件として、被控訴会社に対し団体交渉の申入をしたこと、同年十月四日および同年十一月一日、右両者間において団体交渉が行われたこと、被控訴会社は、職場再編成の問題については、それが会社の専権事項に属し、団体交渉の対象にならないという理由で、交渉を拒否し、また被控訴会社との団体交渉のため補助参加組合から委任を受けた同組合の上部団体たる栃木県労働組合会議(以下、県労という)、同栃木地区労働組合会議(以下、地区労という)から派遣された代表者との交渉を拒否したことは、いずれも当事者間に争がない。しかして成立に争のない甲第九号証、第十一号証、第十三号証、第十四号証、乙第八号証、第九号証、第十一号証、原審における証人長島猛、同小島正雄、同酒井正衛、同横塚重利、同萩原武、同小向昭二、同桑原猪治、同仲田清助および当審における証人仲田清助、同酒井正衛(第一、二回)の各証言(但し乙第十一号証の記載内容並びに原審における証人長島、同小島、原審および当審における証人酒井の各証言中、後記採用しない部分を除く)を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

被控訴会社は、昭和三十一年十月一日付で職場再編成の人事異動をしたが、右異動においては、補助参加組合の執行委員ら数名が格下になり、他方、非組合員たる臨時工稲垣が副班長に任命されたので、補助参加組合はこれに反対し、同日組合大会を開き、その決議に基き、上部団体たる県労および地区労に委任し、これと共同して団体交渉を行うこととし、前記の如く被控訴会社に対し団体交渉の申入をしたこと、次いで同月四日の交渉においては、補助参加組合から委任を受けた県労事務局長萩原武、同地区労議長小向昭二の両名が出席し、補助参加組合内部の代表者数名と一緒に共同して被控訴会社と交渉しようとしたところ(補助参加組合が、右上部団体の代表者に交渉の委任をした事実は、右席上において口頭で補助参加組合から被控訴会社に通知した)、被控訴会社は、会社内部の問題であるから、第三者の手を煩わすべきことではないという理由で、右上部団体の代表者が交渉に参加することを拒否し、また職場再編成問題については、前記の如く団体交渉の対象となり得ないという理由で交渉を拒否したこと、次いで同年十一月一日の交渉においても、被控訴会社は、上部団体の代表者との交渉および職場再編成問題については、従前どおりの方針を固持し、補助参加組合に対しその旨を言明したこと、前記十月四日および十一月一日の両日には、被控訴会社は、補助参加組合との間に賃金問題、労働協約の締結について交渉したが、労働協約については、会社が原案を作成の上、双方で検討することになつたが、その後、会社の案が提出されるに至らず、労働協約の問題は未解決の状態にあること、賃金問題については、その後、遅払は解消したけれども、前記第一(一)(ロ)記載にかかる臨時工に支給した特別手当の問題等があり、未だ解決したものとはいい難いこと、本件救済命令の発せられた当時においては、被控訴会社は依然として、団体交渉について上部団体の参加を認めず、職場再編成問題についても交渉を拒否するという方針を変えていなかつたこと、以上の事実が認められる。成立に争のない乙第十一号証の記載内容並びに原審における証人長島猛、同小島正雄、原審および当審における証人酒井正衛(当審は第一、二回)の各証言中、右認定に牴触する部分は、前掲各証拠と対比し採用し難く、その他の証拠によつては右認定を左右するに足りない。

ところで職場再編成問題は、従業員の待遇ないし労働条件と密接な関連を有する事項であるから、団体交渉の対象となり得ることはもちろんであつて、これに反する被控訴会社の主張は失当というの外はない。また上部団体は、下部団体と共同して団体交渉をなし得る権限を当然に有するものと解すべきであり、特に前記の如く補助参加組合から委任を受けた場合、交渉の権限を有することは、労働組合法第六条の規定から明白である。しかして、前段において認定した事実と右認定の資料に供した証拠によれば、補助参加組合は、職場再編成、労働協約、賃金問題の各案件につき、上部団体と共同して交渉する方針であり被控訴会社も、この事実を知つていたことが明白であるから、被控訴会社が前記の如く上部団体との交渉および職場再編成問題についての交渉を拒否したことは、たとえ賃金問題および労働協約問題について、すでに補助参加組合との間に交渉をしたことがある事実を参酌しても、被控訴会社は、結局、補助参加組合との間において、誠意ある交渉をしなかつたことになるものといわざるを得ないのである。

しかして、上来説示したところによれば、被控訴会社の前記行為が法第七条第二号に該当することは明白であり、かつ本件救済命令の当時、本件命令書主文第二項および第三項の如き命令を発する必要があつたことも肯認できるから、右救済命令は未だこれを違法と目するに足りない。(なお、本件命令書主文第三項は、その表現が適切を欠く憾みはあるけれども、右命令書に記載された当事者双方の主張と控訴委員会の事実認定および判断を参酌してこれを読めば結局、右第三項は、被控訴会社に対し、職場再編成等従業員の労働条件その他に関する「労働協約」につき、補助参加組合から申し入れた団体交渉に応じなければならないことを命じた趣旨であると解すべきことは容易である。)

第三、本件命令書主文第四項の適否について、

(一)、当裁判所は、被控訴会社が昭和三十一年十月一日、職場再編成の人事異動をした際、臨時工稲垣を、ボイラー班の副班長に任命したことは、被控訴会社が、右人事異動に当り補助参加組合の執行委員ら数名を格下した事実と相まつて、補助参加組合の団結を弱めるためになされた労働組合に対する支配介入行為であると判断する。その理由は、この点に関する原判決記載の理由(原判決十五枚目裏末行から十六枚目裏末行の「云わなければならない」まで)と同一であるから、これを引用する。

(二)、ところで、本件命令書主文第四項は、右不当労働行為につき、原状回復の措置として、被控訴会社に対し、稲垣の副班長の職を解任し、補助参加組合の組合員の中から副班長を任命することを命じているのであるが、原審における証人稲垣裕司、同小島正雄、当審における証人酒井正衛(第一、二回)の各証言によれば、右稲垣は昭和三十一年十月中旬前記副班長の職を辞退し、被控訴会社もこれを承認したこと、被控訴会社においては、本件救済命令の発せられる以前、すでに副班長の制度を廃止していたことが認められる。しからば、右副班長の任命について原状回復の措置を命じた前記救済命令は、当初から、その客体を欠き、事実上無意味ないし不可能なことを命じたものというの外なく、したがつて右命令はこれを違法といわざるを得ない。控訴委員会は、たとえ右の如く稲垣が副班長の職を辞退し、被控訴会社が副班長の制度を廃止しても、既往の不当労働行為は消滅しないから、控訴委員会としては、これに対し原状回復を命ずる利益がある旨主張するけれども、原状回復を命ずる利益があるとしても、それに相当する命令(例えば、被控訴会社に対し、不当労働行為をした事実を承認する旨の文書の差入を命ずるが如き)を発するのは格別、本件の如く、内容自体が事実上無意味ないし不可能に属する事項を命ずることは許されないというべきであるから、控訴委員会の右主張は採用できない。

第四、結論

以上の次第であるから、被控訴会社の本訴請求は、本件命令書主文第四項の救済命令の取消を求める部分は理由があるから、これを認容すべく、その余の救済命令の取消を求める部分は理由がないから、これを棄却すべきである。よつて右と一部符合しない原判決はこれを変更すべきものとし、訴訟費用につき、民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 岡咲恕一 判事 田中盈 判事 土井王明)

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